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これが、最後





「蔵馬さん大変です」
受話器越しの声に蔵馬は思わず眉を顰めた。

「何が大変なの?」
「幽助」
「…は?」
「だから幽助」

常に冷静な彼女―――螢子と、これほどまでにちぐはぐな会話は初めてだ。
いや、声だけはいつも以上に冷静ではあるのだが。

「最初から説明してもらえると助かるんだけど」
「あ、ハイ。えーと…今アイツの家にいるんですけど」
「うん」
「来たときに名前呼んだんですけど返事がなくて『また里帰りか』って思って。
 部屋の入り口にワックス撒いてちょうど倒れる位置に画鋲並べてやろうとか
 考えたんですけど、まぁそれはどうでもいいとして」

あの瞬発力はこうして鍛えられていたのか。
ふっ、と熱くなった目頭を抑えながら蔵馬は先を促す。

「それで?」
「部屋開けたらいたんですよアイツ」
「え?」

蔵馬は目を見開いた。
人の気配に敏感なあの幽助が螢子の気配に気付かないわけがない。
なにか理由があるのか、それとも―――。

「しかも行動がヘンというか気持ち悪いというか…いつものことなんですけどね。
 でもなんかあんまりアレなカンジなのでホントにちょっとだけ心配で」
「アレって…」
「一人でブツブツ言いながら小さい箱握り締めて部屋の中グルグル歩いてるんです。
 しかもそれ時々前に差し出したりなんかしてるし。
 なんなんですか一体。蔵馬さんアイツに何吹き込んだんですか」
「ねぇ、なんでそこで俺が出てくるの?」
「一番怪しいからです」
「…螢子ちゃん、動揺してるからってあんまりテキトーなこと言うと何するかわかんないよ俺」
「すみませんゴメンなさいアイツがヘンなせいで思わず本音が」
「本音、ね。よく覚えておくよ」
「私は即行で忘れさせていただきます」

蔵馬は溜息を漏らした。



気配に気付かない…何かに集中しているのか?

独り言。
小さい箱。
差し出す。


『俺頭悪ィから口説き文句なんかわかんねェよ』


先日、酔い潰れる瞬間に彼が漏らした言葉が頭をよぎった。
……あ。



「それさ、たぶん―――」
「何してんだ、オメーは」
「きゃあああっ!!」

受話器の向こうからは、この話の主人公と螢子の悲鳴。
とっさに次の事態を予測し、蔵馬は受話器を遠ざけた。
直後、ガシャンと耳障りな音が響く。

さぁ、ここからはショータイム。
再び受話器を耳に押し当て、蔵馬は口角を上げた。

「ちょ…っビックリさせないでよ!ケータイ投げちゃったじゃない」
「つか人の部屋の前でデケー声出して電話すんじゃねェよ」
「誰のせいよ!アンタがあんまりにもアレだから!!」
「アレって…あー、何?もしかして見てた?」
「ええそれはもうバッチリと」
「…そっか」

困ったように頬を掻く姿が目に浮かぶ。

「なんかさ、いろいろ考えたんだけどめんどくせェからもういいや。らしくねェしな」
「は?全っ然話が見えないんだけど」
「まぁまぁ。とりあえず耳の穴かっぽじってよく聞けよ」
「何よ?」
「これでゼッテー最後にするからな」
「だから何ってば」

一瞬の間。そして―――




「結婚、しよう」




「……え?」
「コレさ、螢子専用」
箱を開く音が耳に届く。
中身はきっと、細い銀色の指輪。
「う…そ……」
「マジだって。薬指にコレ、つけてもらえませんか?」
「……っ」

あ、螢子ちゃん泣いてる。
小さくしゃくり上げるような声がした。

「好きで好きで、もうどうしようもねェくらい大好き」


蔵馬は受話器を置いた。
彼女の返事は聞かなくてもわかるから。
まったく手のかかる子たちだ。そこがかわいくもあるのだけれど。

暗くなり始めた窓に向かい、蔵馬は「お幸せに」と呟いた。



この話が三つの世界を光速で駆け巡るのは、それから間もなくのこと。








広めたのは当然、相談室のお兄さん。 20061211



 フリー作品、と言う事で、飛鳥様から頂いてきました。
 ふたりともかわいいっ。そして蔵馬がミソですね(>_<)

 
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